コラム”予定調和にならない楽しさ”
最高に贅沢な夜が続いた。
それは、待ち望んでいた「長野市芸術館」開館に合わせて企画されていた小曽根真のJazzyな夜。
生のJazzを、ピアノだけで。
更に2日目は「世界の小曽根」に加えて、あまりにもビッグネームなレジェンド「チック・コリア」との2台ピアノ。
スピーカーを通してしか聴くことのできなかった、海の向こうの偉大なジャズマンの生ピアノを聴けるなんてそれだけでも贅沢なこと。
1日目のワークショップで「世界の小曽根」はこう語っていた。
「日常会話に台本がないように、即興でリズムを楽しむのがジャズ。予定調和にならないから楽しい」と。
長いことクラシックのコンサートに足を運ぶことしかなかった私にとって、ジャズピアノの自由度の高さは新鮮な感動を伝えてくれた。
スマートフォンがあればどんな音楽も自由に、手軽に楽しめる今、だからこそ生の音楽に触れることは一期一会の出会いそのものであり、演奏者の放つものを直接受け止めることのできる陶酔のひととき。
そのお店に行かなければ食べることのできないお料理のようでもあり、最高のリラクゼーションを与えてくれるエステティシャンの手技のようでもあり。
そこに行かなければ感じることのできない臨場感を、フィーリングを、その場のエネルギーを、演奏者も聴き手も共有できるものなのだと、そんなことを感じながら「世界の小曽根」の細やかな指の動きが紡ぎだす音の粒をひとつひとつ拾い続けた。
音大の卒業式で、娘とのツーショット写真の中に微笑む「小曽根教授」は、胸ポケットに赤いチーフをのぞかせたスーツ姿がたまらなく穏やかでフランクな紳士だった。
けれどオープンしたての新しい香りをプンプン香らせる芸術館のメインホールで、その隅々まで響き渡るほど力強いピアノを奏でる「世界の小曽根」はその夜、魂をピアノに乗せた最高のジャズマンだった。
文・写真 堀内利子(ハーバルセラピスト)